書感:米海軍で屈指の潜水艦官庁による「最強組織」の作り方(実行するのが難しいのです)

書籍『米海軍で屈指の潜水艦官庁による「最強組織」の作り方』を読みました。 

 

アメリカの原子力潜水艦サンタフェにおけるリーダーシップ改革について紹介・説明した書籍です。

1999年に艦長となった著者のデビッド・マルケ氏が、当時最低ランクだったサンタフェを「命じるリーダーシップ」から「委ねるリーダーシップ」に試行錯誤しながら変えていったことで、僅か1年で平均以上の優秀艦に変貌し、その後は次々と海軍全体に優秀なリーダーを輩出するトップクラスの潜水艦になりました。また、マルケ氏が退任した後も優秀艦であり続け、10年経過した後でも軍の平均よりもはるかに高い確率で乗員が昇進を遂げ続けているという艦長個人の技ではない改革です。


マルケ氏が艦長になる前のサンタフェは、すべての評価項目において最低ランクの落ちこぼれ艦で、乗員の意欲はなく、時間が守られない、評価が適正に行われない、作業ミスが多い、自発的に行動しない・・・など、目も当てられない状態でした。

こうした状況から、マルケ艦長は、トップダウンが当たり前の軍の中で異例とも言える「委ねるリーダーシップ」を導入することを決意します。

なぜ、従来のトップダウン方式のリーダーシップが良くないのか、端的に書かれていたのが、サンタフェの乗員は艦長を含めて135名いて、火器、機関、航海、補給の4科で構成されるのですが、トップダウン方式の場合、様々なことを判断し意思決定をするのは、艦長と4科の科長のわずか5名だけとなってしまうからということです。

他の乗員は全て「言われたことをやるだけ」。自分の頭で考えることを拒否しており、135名の乗員がいる中で、観察、分析、問題解決に全力であたるのはたった5人しかいない。これでは、組織の力はフルに発揮できません。


書籍では、マルケ氏が、その様な状態だったサンタフェを、艦長就任時から試行錯誤しながら段階的に委ねる範囲を拡げていく様子が時系列に沿って描かれています。具体的に困ったエピソードが描かれ、その原因の分析をし、どの様に考え対処したかが書かれているので、非常に分かりやすいです。

例えば、最初の頃に行ったこととして、各科の科長が帰宅前に副長(副艦長)に対して「今日は他に仕事はないか?」と尋ねやり残しの仕事がない場合はそのまま帰宅するという確認作業を、科長自身から今日やった業務と進捗状況、重要なマイルストーンに対する今後の見通し、また、予定していた業務で実施できなかったこととその対策を報告させる形に変えさせました。
これは、前者の方式だと、副長が各科長のやるべきことを指示する形になり、責任も副長が持つことなってしまう=科長自身が自分で自分がやるべき仕事に責任を持たなくなってしまうことになるからです。

 

マルケ氏が実施したことは多岐に渡り、この書感で全てを書くことはできませんが、成功は細部にやどるというか、なるほどーと思ったのは、以下の4点です。

  1. 新しい仕組みや権限移譲に関することを、組織の正式な権限文書に記載する。
  2. メンバーの意識を変えさせてから行動を変えようとするのではなく、これまでとは違う行動を取らせることから始める。そうすれば、新しい考え方は後からついてくる。
  3. 委ねるためには、委ねられる側の技能を高める必要がある。そのために、つねに学ぶ文化を定着させた。
  4. 大事なメッセージは繰り返し発信する。


1については、口だけの権限移譲ではなく制度として明文化する(=公式のものにする)ことで、本気度が分かるし、長が変わっても永続する仕組みになります。

また、一時的な権限移譲の場合は、いつでも上長が権限を剥奪することが可能ですが、正式な文書で権限を記載してしまえば、上長の意思で勝手に剥奪することができなくなります。

 


2についての例で面白かったのは、各自の作業を実施するとき、海軍では「○○をせよ!」と命令されたことを下位の者が実施するのが通常だが、これを「これから〇〇をします(必要があれば、判断の理由や準備ができていることの説明を加える)」と下位の者から実施する作業を報告させることにしたことです。

これにより、作業の実施者が当事者意識を持つというのです。

上司に従うだけの者は、「権限が自分にない言い方」をするのが特徴で、以下のような言い方をします。

  • ~の許可をお願いしたいのですが。
  • ~できればと考えています。
  • どうすべきだとお考えですか。

対して、自発的に行動する者は、以下のように「権限が自分にある言い方」をするそうです。

  • これから~します。
  • 私の計画では~。
  • ~をしましょう。

私自身の経験に照らしても、確かにそうかも、と思いました。

 


3については、私自身苦労していたので、その通りだと心底実感していますが、権限を委ねて自発的に機能する組織にするためには、権限を委ねられる側が担当作業を自身で完遂できるだけの技術や能力を持っていること、(概ね)正しく判断できる判断力や決断力を持っていることが重要です。

また、書籍には特に書かれていませんでしたが、ミスがあった時に上司や周りがカバーできるように報告・連絡が徹底されていることも重要です。(本書の中では、情報伝達はそれ以前の過程でキチンとできる様になっていたので、問題にならなかったのでしょう)

とは言え、組織のすべての人員が常によく訓練されていて十分な能力を持っていることが前提になってしまうと、「委ねるリーダーシップ」はほとんどの組織で実現不可能となってしまいます(要員の交代や新人の配属はほとんどの組織であるでしょうから)。

では、マルケ艦長がどうしたかと言うと、士官や班長といったリーダー層と相談して、「いつでもどこでもに学ぶ者でいる」でいるという理念を『サンタフェの信条』して文章にまとめたのです。

この信条は良くできているので紹介したいのですが、全文を書くと長いので、一部を抜粋して載せます。

サンタフェの信条

 われわれは日常的に何を行うのか?
 われわれはいつどこでも学ぶ者でいる。

 

「訓練」ではなく「学び」という言葉を使うのはなぜか?
 訓練という言葉には受け身の意味合いが含まれる。訓練は誰かに施されるものなので、「訓練を受ける」や「訓練に出席する」という言い方をする。一方、学びは能動的である。自発的に行うのが学ぶということだ。

 

 何を学ぶのか?
 われわれは、戦闘で任務をまっとうできる潜水艦にするために必要なことを日々学ぶ。

 

(中略)

 

 学ぶことしかしないなら、どうやって業務を完了させるのか?
 仕事は行う。ただし、メンテナンス、軍事演習、救助演習、勉強をしながら学ぶ。よって、たとえ野外演習の日でも、その活動を通じて学んでいるのである。

 呼び方が違うだけで、やっていることは同じではないのか?
 答えはイエスでありノーである。学ぶ者とはいえ、艦の掃除、演習、メンテナンス、資格の取得など、さまざまな業務に時間を費やすのは同じだ。しかし、そうした作業のとらえ方が違う。日々の作業を、退屈なものだと思わずに、機器や手順に詳しくなる機会だととらえるのだ。少なくとも、その作業を誰かに教えたり、正しくまっとうするやり方を学ぶ機会であるのは間違いない。

(後略) 

 

この信条には、なぜ潜水艦で戦うのかや、訓練と学びの違いについて、乗員に期待することなどが書かれていて、組織の意義や疑問点への回答、乗員のやる気を引き出すために重要な要素が含まれています。

日本企業には、あまりこうした組織の信条が設定されているケースを見かけませんが、欧米の企業ではこうした信条を、企業全体だけではなく部門ごとに設けていたり、また、それをただ書いてオフィスの壁に掛けているだけではなく、周知徹底する様にしているところが違うなーと思ったことがあります。


そして最後の4についてですが、大事なメッセージ(変革の意義や目指す姿、など)は、なかなか浸透しないので、繰り返し伝える必要があるということです。

これ、本当にそうなんだよなぁー。いままでその組織に存在しなかった状態を目指す場合、変革後の姿って他メンバーにはなかなかイメージしづらいし、定着にも時間がかかるので、イメージが浸透し、定着するまで繰り返し繰り返し繰り返し伝える必要があるんですよねー。

変革に成功する組織とそうでない組織の大きな違いは、リーダーにあたる人が、このメッセージをどれだけ徹底して伝え続けるかだと感じています(経験上)。

私自身は、これで挫折したことが何度もあるのですが、小さなチームの変革に成功した時ですら、1年以上毎週の様にメンバーに言い続けてようやく定着したくらいなので、ある程度大きな組織で定着させようとしたら、具体的な仕組みを導入しつつ、本当に飽きるくらい言い続けないと定着させることは不可能だと思います。


ともあれ、私が関心したポイントを抜き出して書きましたが、委ねるリーダーシップを成功させるには、何をどういう順番でやるかや、やるべきコトとやらないべきコト、正しい現状理解、など、大事なポイントは他にもたくさんあります。(そしてそれらも本書には記載されています)

 

中間管理職の場合、上長の理解と協力は必要だと思いますが、メンバーを率いる立場で、組織のカルチャーを変革し、強い組織を築きたいと考えている人は、本書を読んでみてはいかがでしょうか?

 

ではでは。