書感:ザ・クリスタルボール(良い方法を発案しても、説得して広めるが難しいんですよね・・・)

書籍『ザ・クリスタルボール - 売上げと在庫のジレンマを解決する!』を読みました。

 

エリヤフ・ゴールドラット博士の「Theory of Constraints (以後、TOC):制約条件の理論」に基づいた小説の第6弾です。


今回は、アメリカ南東部に100店舗ほど展開する小売業チェーンを舞台にして、小売店舗においてTOCを適用することで、どの様に業績を改善し、伸ばしていくか?という話です。

 

これまでは製造業やITベンダーなど、どちらかと言うと作る側の企業を題材に、TOCの様々な側面を説明してきましたが、今回は流通の末端となる小売業が対象となります。
題名のクリスタルボールは、需要予測をぴたりと当てる「魔法の水晶玉」の比喩ですが、結論から言うとそんなものは無いので、完璧な需要予測はできないという前提で店舗およびチェーン全体の運営を変える必要があるという話になります。

 

家庭用繊維製品(カーテンやラグ、ベッドシーツ、羽毛布団、バスタオル、エプロン、タオル、などなど)を扱うハンナズショップの一店舗の店長ポールが売上げ不振に悩むところからスタートします。


ある日、お客様に、栗色で150cmのテーブルクロスがないか聞かれるが、栗色のテーブルクロスは、230cmのものしかなく、150cmだとブルーとベージュしかない。。
別店舗に在庫があるか聞いてみると、あるけど在庫を送るのは嫌だ、そのお客様にそちらの店舗に来てもらえと言う。
仕方なく自社の地域倉庫に問合せてみるも、こちらも在庫はあるが、翌水曜の配送まで待つ必要がある。それを聞いたお客様は、がっかりしながら帰ってしまう。。。

 

売れ残るリスクを抱えてまで在庫を持つべきか、それとも売上げが落ちるリスクがあっても在庫を減らすべきか。
こんなジレンマを抱えながら、各SKUがいつ・どれだけ売れるか正確に見通すことができる魔法のクリスタルボールはないかと思案にくれてしまう。

 

そんな中、ショッピングモールに入居する彼の店舗は、ショッピングモールの地下にある店舗用倉庫が水道管の破裂で水浸しになるというトラブルに見舞われます。
やむなくハンナズショップチェーンの地域倉庫に必要最小限の在庫以外を一旦戻して、その日に売れた分だけを補充して貰うオペレーションに変更したところ、なぜか売上が28%も増えたのです。客数は以前と変わっていないにも関わらずに、です。

売上向上に喜びつつも腑に落ちない店長のポールは、原因を妻のキャロル(同店舗チェーンの社長の娘で、仕入れ担当)と考え始めます。

どうやら頻繁に補充をすることで、欠品が約1/3に減ったことが原因らしいことを突き止めます。欠品する商品は、多くの場合、人気商品のため、人気商品の欠品がなくなれば、売上が20~30%増えてもおかしくはない。

そして、利益もこれまでの5%以下(直近は3.2%) から 17.4%にまで急上昇。これは、売上を増加させるにあたり、新たな広告を打ったり、値引きの経費を増やさなかった為、売り上げ増分の粗利がそのまま純粋に利益の増加に直結した為です。

その後も、売り上げ増の原因の解析と新たに発生する流通の問題に対応するうちに、全社の業績は飛躍的に向上し、ポールはCOOに、妻のキャロルはCEOになって、さらなる拡大に向けて動き出すというストーリーです。

 


店舗レベルの需要予測に基づく仕入と配送をしている限り、店頭での欠品と過剰在庫は免れ得ないというジレンマを、当ストーリーを通じて、根本から解決するソリューションを示しています。

その流れを大まかに記載すると、以下のようになります。

 

【店舗レベルの売上向上】

  • 予測に基づく死筋商品で埋められ、かつ、売筋商品は欠品している店舗(ポールのお店の最初の状態)
     ↓
  • アクシデント(地下倉庫の水道管破裂)により店舗倉庫に在庫をほとんど置けなくなったため、全商品の在庫を強制的に最小限に抑えた (置ききれない在庫は地域倉庫に保管)
     ↓
  • 店舗在庫が通常の1/4未満(4ヶ月→20日分)と非常に少なくなったため、売れた分だけ毎日在庫を少量ずつ補充することにより、結果としてこれまでよりも欠品が減少した(少量発注により、地域倉庫の在庫が少なくても補充が可能に)
    →これまでは店舗から地域倉庫への発注も纏まった数量で行っていた為、地域倉庫の在庫が足りずに補充ができないことが頻繁に発生していた(倉庫から店舗へは、発注した数量が揃うまで行われない)
     ↓
  • 売れ筋商品の欠品が減少したことにより売上が急増&値引きや広告などの経費は増やしていないため、利益は劇的に増加した
     ↓
  • 売れ筋商品と死に筋商品の補充発注の閾値を直近1~2週間の販売数量を元に増減させることで、より在庫量の適正化を行った(これを DBM:Dynamic Buffer Management と言うようです)
     ↓
  • その結果、各商品の在庫量が適正化した結果、店舗の棚のレイアウトに余裕ができたので、展示するSKUを増やせ、その結果、更に売上が増加した
     ↓
  • 同方式を地域全体に展開し、地域全体の売上が伸びた

 

【売上が伸びたことによる新たな問題の発生】

  • 一店舗で売れ筋商品をどんどん販売していくと、その地域倉庫内の売れ筋の在庫が不足し始める
    それを解消する為には、他地域倉庫から対象の売れ筋商品をクロスシッピングで補充させてもらう必要が出て来る
     ↓
  • ところが、一店舗だけではなく、地域内全店で同じ方式を展開すると、その地域の売れ筋商品はより早く無くなり、クロスシッピングの量・回数ともに増えてしまう(経費の増大)
    かつ、そうした売れ筋商品は、他地域でも売れ筋になる可能性が高く、地域間の売れ筋商品在庫の取り合いに発展する(チェーン全体の在庫枯渇につながる)
     ↓
  • そうすると、メーカーに再発注を行い仕入れる必要があるが、メーカーからの配送にも時間がかかるし、メーカー在庫が切れていたら製造されるまで待つ必要がある

 

【新たな問題の解決】

  • (この書籍の前提では)製造業側も製造から配送を、輸送費を抑えるために発注された全量を纏めて出荷していた
     ↓
  • そこで、週次で必要な分だけを配送してもらうことにした
    メーカーとしても、全部まとめて出荷・納品して3ヶ月分まとめて請求するよりも、毎週納品して請求・回収できて方がキャッシュフロー的に助かる(小売りの在庫回転率と同じ)
     ↓
  • 但し、1品のみを発送すると輸送費は高くなってしまう(3倍!)ので、複数の商品を纏めて、コンテナの無駄をなくすことで輸送費の増加を抑えた
     ↓
  • 届いた商品は、いきなり地域倉庫に送るのではなく、輸入拠点となる港の近くに全社の中央倉庫を作り、店舗に対するのと同じように地域倉庫に在庫を溜めて、
    各地域倉庫に対して補充する形式に変更する
     ↓
  • 仕入れから各店舗での販売までを一気通貫して補充発注形式に変更する形が完成し、企業全体として在庫回転率も利益率も小売業としては破格のレベルに達する

 

 

(近年?の)SPAという形態は、この小説に書かれた小売店と製造の問題を一体化させることでよりアグレッシブに解決する形態と言えると思います。また、本書の最後の方にフランチャイズ展開やドミナント戦略などのよりアグレッシブに事業を拡大する為の手段も書かれています。

もちろん、これらの戦略は、この書籍が出た当時でも十分知られた戦略だったと思いますが、ちゃんと実践できている企業は少なかったでしょうし、いまでも実践できていない企業もあると思いますので、そうした企業にとっては、改善の第一歩として読む価値はあるのではないでしょうか?

 

 

ともあれ、小売業の効率改善を需要予測に基づくのではなく、実際の売れ行きから逆算して補充発注していく形態は、一定レベル以上の小売業では当たり前に行われていることと思いますが、こうした取り組みを行う背景を分かりやすく自然なストーリーで、あますところなく説明しているところと、誰が読んでも分かるくらいまでかみ砕いているということが本書(と言うか本シリーズ)の凄いところだと思います。

問題のある状態からステップ by ステップで物事を解決していっているので、個々のやっていることの必要性と副作用までちゃんと分かるということ、理論だけではなく、実践しようとしたときに発生しがちなトラブルまでちゃんと書いてあるので、その点でも有用です。

 

 

個人的には、その観点からの本書のハイライトは、ポール店長が始めた新しいやり方の導入を地域内の各店舗の店長に説明・説得するところです。

 

ポール店長の新しいやり方(店舗在庫を最小限にし、地域在庫から頻繁に補充する形式=ほとんどの店舗在庫を地域倉庫に送り返すことになる)を、地域マネージャーが同地域の優秀店長達に説明したところ、自分の店舗の売上を自分でコントロールできるようにする為に在庫は自分が必要と思う分を持てるようにコントロールしたいと考え、拒否反応を示します。

そこで、地域の店長会議の場でポールが説得をすることになるのですが、その準備として店長たちが心配し抵抗するであろう理由を事前に検討し、入念にその抵抗感を拭い去る準備を行います。

まず初めに、いきなり結論を提示し押し付けるのではなく、店舗が抱える問題(=いつ・何が売れるかを正確に予測することができない)を共有し、認識を合わせるところから始めます。

そして、彼らが解決策だと考えているやり方(十分な在庫を持つ)では、問題の解決につながらないことを示します。

その上で、売れる商品の欠品を回避する(=売上目標を達成するため)の方法について、もっと良い方法(=彼らが考えるソリューション)をステップ by ステップで説明します。

実績数値を含めて丁寧に質疑応答をすることにより、敵意すら持っていた他店の店長たちの疑念を払しょくしていき、段階的に他店にも導入していくことになります。(最後まで否定的な店長もいますが、全体としては合意となります)


と、このような感じで抵抗勢力に対する説得を成功させるのですが、実際に抵抗勢力の意見を覆すのは大変だと思います。

私の場合、保守的な会社にいた頃にこれまでのやり方を変えるような取り組みをした際の成功率は、せいぜい10%くらいでした。社内の問題を解決する為に、原因を調査し、実現可能な対策(=新しいこと)を提案しても、成功率があまりに低くて馬鹿らしくなったのを思い出します。(だから辞めたのですが・・・)

一応、経営幹部から了承を取り付けてプロジェクトを始めるのですが、現場の抵抗が酷く面従腹背の嵐となって骨抜きにされたり、必要なリソースが提供されないなどの妨害にあってなかなかうまく進みません。協力を依頼しても、会話が成り立たないこともしばしばでした。

他業務との兼務が条件のことがほとんどで準備に時間を取れなかったというのもありますが、変化したくないと強く思っている人たちを説得するのは、ホントに難しいですね。

 

いま振り返ると、TOCをもう少し勉強して対立解消図を活用したり、説得相手の理解・分析に時間を掛け、論理的にも心理的にも味方に付ける努力をもう少しできていたら、成功率は上がっていたのかもとも思いますが。

 

ともあれ、今は以前とは異なる環境にいるので、こうした知見も活かしていきたいですね。
もしこれを読まれた方が何か変革を起こす必要があるとしたら、その参考にしていただけるかも知れません。

 

ちなみに、今回でゴールドラット博士のシリーズは終了となります。次回からは、また違った雰囲気の書籍を読んでいきたいと思います。

 

ではでは。