書感:病理医ヤンデルのおおまじめなひとりごと(少しだけ医者に対する見方が変わりました)

書籍『病理医ヤンデルのおおまじめなひとりごと - 常識をくつがえす"病院・医者・医療"のリアルな話』を読みました。

 

11月中は非常に仕事が忙しくて(土日ほぼなし&週一以上の徹夜の連続・・・)、しばらく空いてしまいました。


さて、今回は、前回までとはガラリと変わってお医者さんの本です。

本書は、札幌厚生病院で病理診断課医長(出版当時)の市原 真(いちはら・しん)博士の連続エッセイです。

本書の企画は、『病院のリアルを「やわらかく、楽しく、ゆるく伝える」』ことだそうで、この編集者からの依頼というかお題を、市原氏が(病理医ヤンデルとして)軽妙な語り口で調理しながら、病院や医療の世界を、医療者側からの視点で伝えてくれます。

 

本書は、序章、一章:"病院"のホント、二章:"医者"のホント、三章:"病気になる"のホント、四章:"医者と患者"のホント、の全五章で構成されます。

こう並べるとなんか堅そうな感じを受けるのですが、とにかく筆者のやわらかい、ちょうどいいゆるさがある文章のお陰で堅さは微塵もありません。

と言って、ふざけてたり、おちゃらけてる訳でもないので、まじめな人が読んでも不快にはならないだろうと思います。

 

各章各項のタイトル(=編集者が与えたお題)に対して、若干斜めな回答になってることも多いのですが、全体を通して読むと、今まで感じていた病院や医療に対するイメージが少し変わって「こうやって病院を利活用すれば良いんだなー」と思ったので、ある意味、副題にある『常識をくつがえす"病院・医者・医療"のリアルな話』がちゃんと伝わってる気がします。

 

特に、医者の役割は監督みたいなもので、看護師や検査技師、その他さまざまな役割の人達と役割分担をして戦うチームの指揮していること、その為、患者の前にはほとんど顔を出さないけど、それ以外の時にどんな役割を担っているのかが分かったことはとても勉強になりました(いや、なんか単にえばりくさってるだけかと感じることも多いので・・・)。

なんだか医者に対する不信感が払拭されたというか、現代の病院のチーム医療システムに対して感じていた冷たさ感?というものが和らいだ気がします。

(あ、これは入院ベッドが20床以上ある「病院」や大学病院などの「大病院」の話で、まちのお医者さんがやってる「診療所」の話ではありません)

 

あとは、医者が提供しているサービスの内、「治療」だけに価値があるのではなくて「診断」にも大きな価値があるという話も、あらためて書かれると非常に納得感がありました。筆者自身のエピソードを通じて、自分の症状がなんであるかが分からない不安に対して、その症状がどんな名前の「病気」でどう戦えば良いかが分かると「不安」が減ることを紹介していたのですが、これには私自身も経験があるので、非常に納得感があります。

こうして文章になっているのを見るまで、「病院」は「治療」してもらいに行くところで、「診断」(だけ)をしてもらうところではないというか、「診断」だけしてもらってもあまり価値がないと考えていたので、ある意味、見方が変わったと思います。

実際に「診断」して貰ってどんな病気かを説明して貰うことで、それまで漠然と、または、強く感じていた「不安」が軽減というか、場合によっては解消されることもあるのは、自分自身も経験がありますしね。たしかに「診断」単体にも大きな価値があるなぁ、と共感した次第です。


もちろん、納得するところばかりではなく、「そうなのー?」と思うことや「いや、そこはあまり共感できないな」と思うところもあるのですが、そんなところも含めて、ゆるく楽しく読めて、かつ、医療リテラシーが上がる良い書籍だと思います(雑学的な知識も少し付きます)。

標準治療の意義や病気を治すのは患者自身であることの実際的な意味など、誰もが理解した方が良いこともたくさん書かれています。

(患者という観点からはどうでも良いような内容もあります)

 

ともあれ、私が勉強、または、参考になったと思うテーマは以下となります。

  • 病院選びの考え方
  • 大学病院と診療所の違い(役割分担)
    ↑ これまでも散々見聞きしてきたことなのですが、大学病院側の位置づけを端的にマニアックと説明しているのを見て、すとんと腹落ちしました。
  • 診断の価値
  • がんの治療~診断までの流れ・考え方
  • 医者および医療従事者と患者の関係

 

と、ここまで書いてきたのは良いのですが、この書籍の良さは全然伝わっていないと思います。

 

上記はあくまで書かれた内容の知識部分の魅力であって、この書籍のエッセイとしての文章の面白さというか、医療従事者の生態について、だとか、そーゆー側面の面白さは伝えられていません。

が、ここでそれを伝えたいと思っても、私の文章力だとうまく伝えられないんですよね。一文を切り取ってコピペしたら伝わるかと言うと、そういうものでもないところが悩ましい。1~2ページまるまるコピペしたら、少しは伝わるだろうけど、引用って範囲じゃねーだろ、それは。とも思ってみたり。

 

ということなので、もし筆者の雰囲気を知りたい方はこちらTwitterアカウントを覗いてみてください(自分で伝える努力は放棄)。

 病理医ヤンデル(@Dr_yandel)

 

もちろん、Twitter上でエッセイを書いてるわけではないので、書籍の雰囲気がそのまま分かるわけではないけど、筆者のゆるく楽しいけど役にも立つ雰囲気は伝わるかと思います。


と言う訳で、なんとなく病院に敷居の高さを感じている方が居たら、ぜひ、本書を読んで欲しいと思います。

 

それでは。


P.S.
12月は先月ほど忙しくない(予定)なので、このブログも何とか継続して定期的に書きたいと決意してますです。

書感:サピエンス全史(我々は、神になろうとしているのか、それとも癌細胞なのか・・・?)

書籍『サピエンス全史』を読みました。

 

日本では2016年に出版され、歴史書にも関わらず?(歴史好きの皆さま、すみません)、全世界でベストセラーになり、話題になっていた書籍です。

以前から読みたいと思っていたのですが、上下巻の大著ということもあり、なかなか時間を取れずに読めていなかったんですよね。

 

今回、なんとか時間を作って読んでみました。書いてある内容としては、現生人類(ホモ・サピエンス)の歴史を、その誕生時~近現代、そして今後の予想まで、マクロな視点で俯瞰する書籍です。


普通、歴史書というと人物名や地名が多く登場し、難解なイメージ(個人的な見解です)があるのですが、この書籍は読み始めから面白いです。

難解な内容を、分かりやすい例やたとえ話などのエピソードを入れつつ、ちょっとシニカルな表現で書かれており、最後まで飽きずに読むことができました。

 

まず、歴史学の位置づけを、物理学、化学、生物学とならべて明確にしています。

  • 物理学:およそ135億年前にビッグバンにより誕生した物質、エネルギー、時間、空間などの宇宙の根本をなす要素の物語
  • 化学 :ビックバンからおよそ30万年後に、物質とエネルギーが融合して誕生した、原子や分子とそれらの相互作用の物語
  • 生物学:およそ38憶念前に、地球と言う惑星で特定の分子が結合し誕生した格別大きな構造体、=有機体(生物)の物語
  • 歴史 :およそ7万年前、ホモ・サピエンスという種に属する生物が生み出した精巧な構造体、すなわち文化とその発展の物語

 

このような視点で各学問を並べて考えたことなどなかったので、最初から“目から鱗”状態です。

 

続いて、その歴史の中での大きな変換点となった「認知革命」、「農業革命」、「科学革命」の3つの大きな革命を挙げています。

 

「認知革命」というのは、およそ7万年前に、ホモ・サピエンスといわれる生き物が、虚構、つまり、この世の中にまったく存在しないもの(見たことも、触れたことも、匂いを嗅いだこともない、ありとあらゆる種類の存在≒想像上のもの)について話すことができるようになったことを指します。

 

この能力により、多数の見知らぬサピエンス同士が協力し、柔軟に物事に対処できるようになったことが、現生人類(ホモ・サピエンス)が他の生物種を凌げるようになり、食物連鎖の頂点にたった理由になります。

結果として、10万年前にはホモ・サピエンス以外に、少なくとも5種類の人類(ホモ・ネアンデルターレンシス、ホモ・エレクトス、ホモ・ルドルフェンシス、ホモ・デニソワ、ホモ・フローレンシス)がいたのですが、彼らを絶滅させることにもつながりました。それどころか、非常に多数の動植物種を絶滅させ、同じサピエンス同士でも多数の民族を絶滅させて来たのです・・・

 

ともあれ、この虚構を話す能力は、一人の人の頭の中にしか存在しなかった虚構を、大勢の人が共有することができるようにし、多くの人が共有する「共同主観的」な存在、つまり、神話や宗教、国家などを生みだしました。筆者は、それどころか、通貨や企業、人権までも虚構と言います(確かにそうかもしれません)。

 

あとの2つはともかく、この「認知革命」という概念を私は知らなかったので、とても新鮮でした。

 

続いて、およそ1万2千年前に起きた「農業革命」です。それまでの動物を狩り木の実などを採集していた狩猟採集生活から、穀物や野菜を栽培し、動物を飼う生活を営むことで多くの人が集まって生活ができるようになりました(多くの人が集まって生活するために、農業技術を発明したのかもしれません)。

人の集積度があがるにつれて、国家ができあがり、文字や法制度、通貨なども発明されてきました。そして、文化・文明と言われるものも、発達してきたのです。

 

ところが、この農業革命が人類にとっての大躍進だったとする通説に対して、筆者は異論を唱えます。確かに、人類種の躍進=個体数ということであれば、人類種は農業革命によって大躍進したと言えるでしょう。しかし、人類の一人一人という視点で考えた場合、全然異なる結論となります(以下、引用)。

『農業革命は、安楽に暮らせる新しい時代の到来を告げるにはほど遠く、農耕民は狩猟採集民より一般に困難で、満足度の低い生活を余儀なくされた。狩猟採集民は、もっと刺激的で多様な時間を送り、飢えや病気の危険が小さかった。人類は、手に入る食料の総量をたしかに増やすことはできたが、食料の増加は、より良い食生活や、より長い余暇には結びつかなかった。むしろ、人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながった。平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は史上最大の詐欺だったのだ。
では、それはだれの責任だったのか? 王のせいでもなければ、聖職者や承認のせいでもない。犯人は、小麦、稲、ジャガイモなどの、一握りの植物種だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだった。』

 

なんと、人類(サピエンス)が小麦などを栽培化したのではなく、小麦などが人類を家畜化したのだと・・・!

小麦の視点からすると、中東地域にのみ自生していた野生種が、いまでは全世界で大量に人類によって栽培されている。。。生存と繁殖という基準で見れば、大躍進したと言えます。

 

うーん。。まさに“目から鱗”です。。


あと、全然知らなかったのですが、書記体系(文字による情報の記録体系)は、税の支払いや負債の蓄積、資産の所有権などを表す実用的な文書から始まったそうです。

そこから、長い期間をかけて、話し言葉をおおむね完全に記録できる完全な書記体系が生まれてきたのですね。

コンピュータ言語も、徐々に進化してきているし、今みたいに泥臭く1つ1つの命令を書かんでも、「こんなことやっといて」と人に頼むように書いたら、自動的に処理してくれるようになるのかしら??(そうするとIT業界の人が大量に失業することになるけど・・・)

 


最後に「科学革命」ですが、こちらは僅か500年の間に、サピエンス(現生人類)の力を前代未聞の驚くべきレベルに発展させました。

西暦1500年には、約5憶人いたサピエンスは、今日、約70億人(14倍)に達します。1500年に生み出された財とサービスの総価値は、現在の価値に換算して、約2500億ドル(240倍)と推定されるそうですが、現在生み出される総価値は60兆ドル/年です。また、1500年には1日あたり13兆カロリーのエネルギーを消費していた人類は、1日あたり1500兆カロリー(115倍)を消費しています。

 

とてつもないレベルの増加ですが、それが個々の人間の幸福につながっているかについては、疑問を呈しています。

さまざまな歴史上のイベントを通じて、それらの因果関係、特にもたらした結果について、サピエンスや西欧文化に都合の良い解釈だけではなく、負の側面も合わせて説明しているのが興味深いです。

 

また、科学革命がこれまでと異なっていた点として、自分達が「知らない」ことがあると積極的に認めた上で、それらの「無知」を探求し「既知」に変え、それをテクノロジーとして人類(人類種全体、もしくは、エリート層)の向上に利用するところだと言います。

それまでの学問では、エリート層にいる指導者達は「何でも知っている」という前提で権威を保っていました。

それに対し、近代科学の世界では、「知らないこと」があるのが前提で、その「無知」を「既知」に変えていくことを飽きることなく追及しています。

もちろん、それを行うには、時間もお金もかかるので、権力者から必要な資源(人・モノ・金)を提供してもらう必要があります。科学革命が成り立ってきたのは、科学的な研究を行うことでこれまで知られていなかった新しい「知識」を獲得し、そして、新たに得られた「知識」をもとに新たな「力」=テクノロジーを生みだして資源を持つ権力者たちに提供し、その見返り?として新たな科学的探究のための資源(人・モノ・金)を受け取る、というフィードバック・ループが回ってきたからです。逆に、500年前までは、このようなサイクルが回らなかったから、科学革命が発生しなかったのだと言えます。


ところが、この科学革命によっても、個々人の幸福度が上がったかと言うと、そうとは言えないと筆者は指摘しています。(逆に、科学のせいで不幸になったとまでは言ってないですけどね)

 

詳細は本書を読んで欲しいのですが、幸福度の測り方についてもいくつかの指標を紹介しつつ、この領域はまだまだ発展途上の領域だとしています(筆者は、仏教の幸福感に関する考え方に賛同している様に見えますが、結論的には書いていません)。


そして、最後に、未来予測ではないですが、今後の人類が歩もうとしている方向性についていくつか仮説を書いています。いずれも、現在の人類であるホモ・サピエンスの能力を拡大し、超ホモ・サピエンスといえるような存在になっていくと想定されるが、このまま力を増大させた先にどうなるべきかが見えていなければ、非常に危険なことになるのではないかと指摘しています。

あとがきでは、「神になった動物」として、以下のように結んでいます。

 

『私たちはかつてなかったほど強力だが、それほどの力を何に使えばいいかは、ほとんど検討もつかない。人類は今までになく無責任になっているようだから、なおさら良くない。物理の法則しか連れ合いがなく、自ら神にのし上がった私たちが責任を取らなければならない相手はいない。その結果、私たちは仲間の動物たちや周囲の生態系を悲惨な目に遭わせ、自分自身の快適さや楽しみ以外はほとんど追い求めないが、それでもけっして満足できずにいる。
 自分が何を望んでいるかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?』

 


うーん。。。
とても示唆に富んでいます。本書を読んだすべての人が歴史観を変えるかどうかは分かりませんが、間違いなく、視野は拡がると思います。

 

私のつたない文章力では、本書の魅力を伝えることは十分には出来ませんが、最初から最後までどのパートを読んでも新鮮な視点を得ることができ、非常に刺激的でした。

 

途中の数々の侵略・征服の歴史や、不合理な社会階層の話を読むと人類が嫌いになりそうな思いにも駆られますが、一方で、徐々にこうした不条理なことも正しく認知され、社会として改善に向かおうともしているので、未来の人類に対する希望までを捨ててはいけないな・・・とも思います。

社会格差の問題は、農業革命が始まって以降ずーっと人類に付きまとっている課題なので、そんなに短期間に変えることはできないのかも知れませんが、ここ数百年の劇的な変化の歴史を見ると、案外早く、こうした諸問題を完全解決とはいかないまでも、改善していくことは可能なのかもしれません。

その前に、地球温暖化をはじめとする環境破壊で自滅しない様にしないといけないですね。。。

 

自分自身もその当事者として、なにができるだろうかと、考え込んでしまいました。

 

ともあれ、少しでも興味を持たれた方が居たら、ぜひ、本書を読んで欲しいと思います。

 

ではまた。

書感:世界史で読み解く現代ニュース<宗教編>(少し分かった。けど、どうにかならないものなのか・・・)

書籍『世界史で読み解く現代ニュース<宗教編>』を読みました。

 

前作に続き、テレビのニュースでおなじみの池上彰さんと「世界一受けたい授業」で歴史などの先生として出演していた増田ユリアさんが共同で執筆した書籍です。

 

前作は、4つのテーマ(中国の海洋進出、中東問題、地球温暖化フランス革命の影響)が取り上げられていましたが、今作は、様々な現代ニュースの背景にあるイスラム教、キリスト教ユダヤ教の3大宗教について、その歴史と現代ニュースとのつながりを解説した本です。

 

日本在住の日本人には、なかなかこれらの宗教の歴史や実態、教えについて深く知る機会は少ないのではないかと思いますが、この本では、そのルーツと歴史の概要くらいは知ることができます。

 

書籍では、イスラム教→キリスト教ユダヤ教の順番で説明がなされますが、各宗の発生時期の古い順に並べると、ユダヤ教キリスト教イスラム教の順番になります。

あと、各教ともに同じルーツがあるとなんとなくは知っていましたが、どのように各教が生まれて来たかのルーツが分かるように説明されていて勉強になります。

以下、各教のルーツを簡単に記載します。

 

ユダヤ教のルーツ(超概略)

紀元前2000年にユダヤ人の始祖アブラハムが、神から「カナン(現在のイスラエル附近)の地を与える」と約束され、カナン附近に定住するも、飢饉によりエジプトに避難、奴隷となる。紀元前13世紀に預言者モーセユダヤ人をエジプトから脱出させ、カナンの地に戻る。その途中に有名な「十戒」を授かる。

その後、設立されたユダ王国ですが、紀元前6世紀に新バビロニアに滅ぼされ、バビロンに連行される。その50年後に解放されたユダヤ人達は、神への信仰を強く再認識し、ユダヤ教が確立される(紀元前5世紀)。

 

なんとなくユダヤ人という遺伝子的な意味での人種はいないのは知っていたのですが、ここであらためて理解したのは、ユダヤ人という人種はいなくて、ユダヤ教に入信した人は皆、ユダヤ人となるということでした。

 

あと、ユダヤ教は「目には目を」と言った同害報復といった概念については知っていましたが、以下の3点が特徴なのだと知りました。

 

あと、戒律は613項目もあるそうで、これを厳守するのだそうです。また、これらの教えは「旧約聖書」(ユダヤ人にとっては単にユダヤ教の聖書)に書かれています。

 

キリスト教のルーツ(超概略)

キリストは、もともとはユダヤ教徒だったそうですが、成長するとともに自分自身が救世主であるとの自覚を持ちます。

やがて、ユダヤ教の形式的な律法主義や排他的な選民思想に意を唱え、ユダヤ教が「目には目を、歯には歯を」「隣人を愛し、敵を憎め」とするところを「誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」「敵を愛し、自分を迫害するもののために祈りなさい」などと説くようになります。

結果、ユダヤ人の反感を買う様になり、33歳の時に十字架の刑に処せられました。

 

その後、弟子たちによって2~4世紀ごろに纏められたキリストの教えが「新約聖書」になります。キリスト教の人たちは、ユダヤ教の聖書も「旧約聖書」として大事にしているそうです。

 

イスラム教のルーツ(超概略)

イスラム教の創始者であるムハンマドは、西暦570年頃に誕生したそうです。彼が40歳の時、メッカ郊外の山中で瞑想にふけっていると、大天使ガブリエルを通じて神の言葉(以下の4点)を聞いたと言います。

  1. 唯一にして全能である神アッラーは万物を創造した
  2. すべての人間に最期の審判が下される
  3. 最後の審判では、アッラーの命に従ったものは天国に迎えられ、アッラーの命を無視したものは地獄に落ちる
  4. ムハンマドは、ユダヤ教アブラハムモーセキリスト教のイエスと同様に神の啓示を伝える使命を帯びた存在であり、その中でも、「最後にして最大の預言者」である

 

ムハンマドは「神への絶対の帰依(イスラム)」を解き、「神の前の万人の平等」を強調することで、女性や貧民、奴隷などの信者を得たそうです。また、信者たちは「ムスリム(神に身をささげたもの)」と呼ばれる様になったそうです。

 

 

こうしてみると、ユダヤ教がこの3大宗教のルーツで、イエスユダヤ教について問題と感じた点の改善を唱えてキリスト教が誕生し、ムハンマドが当時のメッカを支配していた豪商たちの行動や信仰のありように対して、あるべき信仰を提示したことによりイスラム教が誕生したとも考えられます。(ムハンマドは、ユダヤ教キリスト教についても造詣が深かったそうです)

つまり、それ以前に普及していた宗教(というより宗教指導者?や信仰の在り方?)の問題点を改善する形でキリスト教イスラム教が生まれたのだと理解しました。

同じルーツを持つ一神教であるため、聖地もおのずと近しい場所=エルサレムに集中することとなったんですね。

 

 

それはさておき、現在において、これらの宗教を背景にした紛争が絶えないのは、その後の不幸な歴史の積み重ねによると説明がなされています。

 

もともとユダヤ人が自分たちの国を持てずに世界各地に散る原因となったのは、イエス・キリストを死刑にしたのがユダヤ人であり、そのため、キリスト教が広まったヨーロッパで迫害を受けたからと言えます。

 

キリスト教イスラム教の諍いの淵源は、エルサレムの支配権を取り戻そうとした十字軍によるイスラム教徒、ユダヤ教徒の虐殺にあると言えますし、イギリスが第一次世界大戦時に、ユダヤ人とアラブ人の双方に対して今のイスラエルの地域に国を作ってよいと不誠実な約束をしたことによるとも言えます。

 

いずれにせよ、これらの宗教間の緊張の火種は、キリスト教&ヨーロッパ各国が生み出したんじゃないの?と、思っちゃいました。(アメリカが絡む部分もあるので、ヨーロッパだけが原因ではないと思いますが)。

そして、とにかく様々な事象が絡まり合って、多くの血が流れて来た不幸な衝突や虐殺の歴史が積み重なっているので、簡単には解決できそうにないですね。。。これらの3宗教の多くの信徒が、暴力の応酬を望んでいるとは思えないので、解決することは可能なのだと信じたいところですが。

 

暴力による報復の連鎖になってしまうのは、一部は宗教的な教義を背景にしているところもあるのかもしれませんが、実際のところは、各宗教の教義を悪用?して暴力に駆り立てる指導者たちと一部の狂信者の人たちの問題なような気もします。

それ以外だと、石油や天然ガスといった資源を狙う層や、もしかしたら武器商人たちの利権といったことも絡んでいるのかもしれません(これは妄想レベルの勝手な想像ですが・・・)。

 

異教徒への暴力を容認(もしくは推奨?)するような教義についても、各宗教の創始者たちが語ったことなんだとは思うのですが、その創始者たちが現代に生きていたら、同じことを言うのかはちょっと疑問です。

争いや侵略があれば命を落とすような当時の時代背景があって、そうした指導をしたんだと思いますが、現代では、戦争や紛争がなければ命を落とすような事態はそう頻繁に発生するものでもない(犯罪や事故に巻き込まれるというはありますが、先進国では比較的発生確率は高くないと思っています)ので、命を奪ったり物理的に危害を加えるような教えは説かないかもしれないとも思っちゃうのですよね・・・本人じゃないので分からないですけど。

ので、教義の背景にある創始者たちの思いが考慮されず、字義通りに捉えた結果が過激な結果につながってしまっているのだとしたら、それは残念なことだと思います。各教の教えについて、何かをちゃんと理解しているわけではないので、的外れな感想かもしれませんが、多くの人を救ってきた宗教でもあると思うので、本来は人々に害悪をもたらす宗教ではないと信じたいと思いました。

 

ともあれ、本書を通じて、各宗教のルーツや概要について知ることができたのは、とてもよかったと思います。

また、イスラム教について言えば、スンニ派シーア派がどのような派閥なのか、カリフとかスルタンの意味を知れたので、今後、ニュースを見たときの理解が深まりそうです。

 

他にも、ここでは書き尽くせないくらい多くのことを学べたので、個人的には満足度の高い一冊でした。もし、少しでも興味を持たれた方がいたら、是非、読んでみてください。

 

ではでは。

書感:世界史で読み解く現代ニュース(少し分かったけど、やっぱり難しい・・・)

書籍『世界史で読み解く現代ニュース』を読みました。

 


テレビのニュースでおなじみの池上彰さんと「世界一受けたい授業」で歴史などの先生として出演していた増田ユリアさんが共同で執筆した書籍です。

 

2014年の本なので、最新の内容ではないですが、現代の世界のニュースでとにかく話題になる「中国の海洋進出」、「中東問題」、「地球温暖化」と、「フランス革命の影響」の大きく4つのテーマが取り上げられています。

本書の構成として、各テーマごとに淵源となる歴史パートの説明を増田さんが、それを受けて現代にどの様な影響があったのかを解説するのを池上さんが行う形式となっています。

 

元々、この本を読もうと思ったキッカケは、中東問題をニュースで見てもその背景が良く理解できずモヤモヤ感が強かったからというのと、難しいニュースを分かりやすく説明することで定評がある池上さんの書籍なら、世界史嫌いの私でも分かるようになるかな?と思ったからです。

 

結果的には「少しは分かったけど、十分には理解できていない」というのが、正直な感想です。

増田さんパートで、歴史的な説明がなされるのですが、その中に出てくる国名や都市名を見ても地理が頭に入ってないので、スッと読めないのですよね・・・
人名は聞いたことがある人も多いのですが、やはり読みづらい。高校時代、世界史嫌いだったんですよね。

また、池上さんパートの解説は理解はできるのですが、歴史的観点からのみ書いているので、その時点での政治的背景などが分からず、納得感が薄いことも多々ありました(いや、そういうコンセプトの書籍なんだから仕方ないんですけどね)。

 

と、否定的なコメントを書いていますが、読む前よりも確実に各ニュースの背景の理解は深まりましたので、当初の目的のいくらかは果たせたと思います。
また、ページ数も200ページちょっとの新書で気軽に読める文量なので、全部すっきり分かろうという方が欲張りなんだと思います。前提知識が足りなさすぎるというのもありますし。

 

さて、それでは、ざっくり各テーマの概要と感想を書いていきたいと思います。

 

1.中国の海洋進出

このパートでは、中国の海洋進出の歴史的経緯として、15世紀、明の時代に中国が欧米の大航海時代に先駆けて、東南アジア、インド、中東まで海洋進出(朝貢貿易を推進)していた歴史を紹介しています。また、その遠征を率いた鄭和という将軍のことを紹介しています。

当時の中国の皇帝だった永楽帝は、勢力を大きく拡大はしましたが、各国の文化に寛容だったようです。鄭和自身も、中央アジアからの移民の出身でイスラム教徒だったようで、民族や宗教に関係なく人々と平等に接することを旨としていたようです。

 

一方、現在の中国についてですが、海洋進出を図るのは、この鄭和の時代と同様の海路を支配する「21世紀海上シルクロード」を再現しようという側面があるとの解説がなされています。「かつての夢よ、もう一度! この再現が、中国の野望」なのだとか。。。

やり方は鄭和の姿勢とは、だいぶ異なるとの嫌味?も書かれていますが、正直、かつての再現だけが、いまの中国の野望の理由にはならないだろうと思います。かつて、そのような時代があったことは分かりますが、その懐古趣味的な再現のために、各国が強く反対するなかで南シナ海の領海権を主張し、人工島を作り、軍事支配を進める理由としては弱すぎると思います。

それよりむしろ、エネルギー資源を中東をはじめとした諸外国に頼る様になったことでエネルギー安全保障を確保することや、国内の経済的な諸問題の解消のために近隣国を支配下に置きたいという方が納得感はあります。

また、その為の戦略として、かつて、鄭和の時代に実施した戦略を再現というか、再利用しようというなら話は分かりますのですが、かつての栄光をもう一度!というだけではない気がするので、その辺りの中国側の動機の解説もしてほしかったところです。


2.中東問題

中東問題やバルカン半島クリミア半島の問題に関するパートです。

かつて、地中海を囲んだ広大な地域を支配下に置いていたオスマン帝国崩壊後の処理を失敗したため、あちこちに紛争の火種がまかれたという話です。

 

オスマン帝国は、13世紀の終わりから20世紀の第一次世界大戦の終わりまで、約600年も続いた一大帝国だそうです。広大な地域を支配下に置いていましたが、民族や宗教、母語の多様性はそのまま認めて納税だけすれば良いよ、という緩やかな統治体制をしていました。

終盤は、フランス革命を受けた各地域の独立運動~度重なる戦争の末、次々と領土を失い、細かい国に分割され、第一次世界大戦を経て、解体されてしまいました。

 

その過程で、イギリスがアラブ人とユダヤ人に異なる約束を同時にしたことにより、バルカン半島の問題の火種が生まれ、イギリス・フランス・ロシアが秘密協定で人工的に国を分割したためにパレスチナ地域の問題が生まれています。クリミヤ半島は、ロシアが強引に編入しましたが、これは、もともとロシア人が多かった地域でもあるのと、軍事上重要な拠点でもあるということの様です。

 

このパートは何回か読み返しましたが、関連する民族も多く、イスラム教内の宗派の問題、欧州各国やロシアなど周辺諸国の干渉など、経緯が複雑なので、全然理解できませんでした。それぞれの民族や宗派の支配する・されるの歴史の積み重ねによる感情的なもつれと、イギリスの不誠実な二枚舌・三枚舌外交により、ごちゃごちゃにこんがらがってしまったということなのだと理解しました。

単純に利害が衝突しているだけではなく、負の感情の蓄積があるので、より解決を困難にしているというのは分かりますが、それだけでもないんだろうとも思っています。

資源がある地域も含まれるので、経済的な思惑もあるでしょうし、欧米とロシア(、中国も?)の代理戦争的もあるような気がします。いずれにしても、イギリス、フランス、ロシア、アメリカなどの大国の干渉が、より一層、問題を複雑化しているということは間違いなさそうです。

自分自身に中東出身の知り合いもいないので、あまり身近に感じられる問題ではないのですが、ニュースなどで惨状を見るとどうにかならないものかな・・・と思い、少なくとも何が問題なのかぐらいは理解したかったのですが、全然理解できませんでした。
この地域の問題は、ホントに難しいですね。もう少し勉強してみたいと思います。


3.フランス革命の影響

このパートは、フランス革命の経緯と、フランス革命の過程で生まれた人権宣言が各国の独立運動共産主義国の誕生にどのような影響を与えたかについて説明しています。

 

正直、フランス革命は名前は知っているけどなんだったっけ?レベルの知識しかなかったので、フランス革命の経緯についてはとても勉強になりました。マリー・アントワネットがギロチン処刑されて、王政が終わっただけの話ではなかったんですね。。。

 

それにしても人権宣言の思想が徹底されているフランスが、各国の政治的な亡命者を多数受け入れ、言論の自由が保障されていたことにより、共産主義思想や社会主義思想が花開き?、各国の革命を後押ししたというのは、全然理解していなかったので驚きでした(私が無知なだけですが)。

また、中南米の各国の独立にも影響を与え、フランスの困窮(による植民地の売却)がアメリカの領土拡大にも寄与していたというのも、意外でした。

 

高校時代は、世界史で色んな人名や事件名を覚えさせられるのが苦痛で、それぞれのつながりなんて全然理解していなかったので、あらためて詰め込み教育は良くないなぁと感じた次第です。個人的には、物事を系統だてて理解するのは好きですし、その時代を生きた人々の物語自体は好きなので、「歴史」を因果関係のつながりとか、個々の人物の物語として解説してくれていたら、もう少しは「歴史」という教科を好きになれたのではないかと思います。。。


4.地球温暖化

このパートは、地球温暖化は、18世紀イギリスの産業革命から始まったとの説明になります。

産業革命の経緯と、そのころの社会背景の説明、過重労働(児童労働含む)の問題と労働者の権利が保障されるようになっていった経緯は、なんとなく理解はしていましたが、あらためて系統だてて読むと、ちゃんと理解していなかったことが分かりました。
また、本筋の話ではないのですが、アメリカ(ペリー)が日本に来航したのは、紡績業に使う機械の潤滑油やランプの燃料として鯨油を必要としていて、その捕鯨の際の水や食料の補給拠点にしようとしたからだ、というのは全然知らなかったので、「そうだったの?!」となりました(習ったのかもしれないけど、ホントに歴史に興味なかったんですよね・・・お恥ずかしい)。

 

地球温暖化の天候への影響やその為の対策に関する議論は、今の方が危機感が強いと思いますが、この書籍が書かれた当時はまだまだ実感がない人もいたかと思うので、この7年の間に深刻になってきているな・・・と思います。

バブル崩壊やコロナ危機などにより、経済活動が停滞すると環境負荷が改善されるのは皮肉ですが、人々の行動を変えれば環境負荷を改善することはできるのですよね。

悪影響を受ける人もでてくるので、何でも抑止すれば良いとは一概に言えないのかもしれませんが、これ以上の温暖化および環境破壊を抑止・改善させるためには、一人一人のエネルギーの消費を減らす行動(省エネ、移動の削減、無駄な消費の削減、とか?)が重要なんでしょうね。一人一人にできることは小さくても、多くの人の行動が変われば、人類は人数も多いので、大きな効果も出すことができるので。とは言え、普段は便利な生活に慣れきっている身としては、なかなか難しいとも思っていますが。

 

ともあれ、だらだらと感想を書いてみましたが、ここに記載しなかった様々なエピソードで、知らなかった・・・ということがたくさんありました。

あまり歴史が得意ではない、最近の国際ニュースを見ても背景は良く分からない、という方は、読んでみる価値はあると思います。

全てを詳細に分かるという訳にはいきませんが、いろいろなニュースの背景の概要くらいはつかめると思いますので。

 

それでは、また。

書感:ザ・クリスタルボール(良い方法を発案しても、説得して広めるが難しいんですよね・・・)

書籍『ザ・クリスタルボール - 売上げと在庫のジレンマを解決する!』を読みました。

 

エリヤフ・ゴールドラット博士の「Theory of Constraints (以後、TOC):制約条件の理論」に基づいた小説の第6弾です。


今回は、アメリカ南東部に100店舗ほど展開する小売業チェーンを舞台にして、小売店舗においてTOCを適用することで、どの様に業績を改善し、伸ばしていくか?という話です。

 

これまでは製造業やITベンダーなど、どちらかと言うと作る側の企業を題材に、TOCの様々な側面を説明してきましたが、今回は流通の末端となる小売業が対象となります。
題名のクリスタルボールは、需要予測をぴたりと当てる「魔法の水晶玉」の比喩ですが、結論から言うとそんなものは無いので、完璧な需要予測はできないという前提で店舗およびチェーン全体の運営を変える必要があるという話になります。

 

家庭用繊維製品(カーテンやラグ、ベッドシーツ、羽毛布団、バスタオル、エプロン、タオル、などなど)を扱うハンナズショップの一店舗の店長ポールが売上げ不振に悩むところからスタートします。


ある日、お客様に、栗色で150cmのテーブルクロスがないか聞かれるが、栗色のテーブルクロスは、230cmのものしかなく、150cmだとブルーとベージュしかない。。
別店舗に在庫があるか聞いてみると、あるけど在庫を送るのは嫌だ、そのお客様にそちらの店舗に来てもらえと言う。
仕方なく自社の地域倉庫に問合せてみるも、こちらも在庫はあるが、翌水曜の配送まで待つ必要がある。それを聞いたお客様は、がっかりしながら帰ってしまう。。。

 

売れ残るリスクを抱えてまで在庫を持つべきか、それとも売上げが落ちるリスクがあっても在庫を減らすべきか。
こんなジレンマを抱えながら、各SKUがいつ・どれだけ売れるか正確に見通すことができる魔法のクリスタルボールはないかと思案にくれてしまう。

 

そんな中、ショッピングモールに入居する彼の店舗は、ショッピングモールの地下にある店舗用倉庫が水道管の破裂で水浸しになるというトラブルに見舞われます。
やむなくハンナズショップチェーンの地域倉庫に必要最小限の在庫以外を一旦戻して、その日に売れた分だけを補充して貰うオペレーションに変更したところ、なぜか売上が28%も増えたのです。客数は以前と変わっていないにも関わらずに、です。

売上向上に喜びつつも腑に落ちない店長のポールは、原因を妻のキャロル(同店舗チェーンの社長の娘で、仕入れ担当)と考え始めます。

どうやら頻繁に補充をすることで、欠品が約1/3に減ったことが原因らしいことを突き止めます。欠品する商品は、多くの場合、人気商品のため、人気商品の欠品がなくなれば、売上が20~30%増えてもおかしくはない。

そして、利益もこれまでの5%以下(直近は3.2%) から 17.4%にまで急上昇。これは、売上を増加させるにあたり、新たな広告を打ったり、値引きの経費を増やさなかった為、売り上げ増分の粗利がそのまま純粋に利益の増加に直結した為です。

その後も、売り上げ増の原因の解析と新たに発生する流通の問題に対応するうちに、全社の業績は飛躍的に向上し、ポールはCOOに、妻のキャロルはCEOになって、さらなる拡大に向けて動き出すというストーリーです。

 


店舗レベルの需要予測に基づく仕入と配送をしている限り、店頭での欠品と過剰在庫は免れ得ないというジレンマを、当ストーリーを通じて、根本から解決するソリューションを示しています。

その流れを大まかに記載すると、以下のようになります。

 

【店舗レベルの売上向上】

  • 予測に基づく死筋商品で埋められ、かつ、売筋商品は欠品している店舗(ポールのお店の最初の状態)
     ↓
  • アクシデント(地下倉庫の水道管破裂)により店舗倉庫に在庫をほとんど置けなくなったため、全商品の在庫を強制的に最小限に抑えた (置ききれない在庫は地域倉庫に保管)
     ↓
  • 店舗在庫が通常の1/4未満(4ヶ月→20日分)と非常に少なくなったため、売れた分だけ毎日在庫を少量ずつ補充することにより、結果としてこれまでよりも欠品が減少した(少量発注により、地域倉庫の在庫が少なくても補充が可能に)
    →これまでは店舗から地域倉庫への発注も纏まった数量で行っていた為、地域倉庫の在庫が足りずに補充ができないことが頻繁に発生していた(倉庫から店舗へは、発注した数量が揃うまで行われない)
     ↓
  • 売れ筋商品の欠品が減少したことにより売上が急増&値引きや広告などの経費は増やしていないため、利益は劇的に増加した
     ↓
  • 売れ筋商品と死に筋商品の補充発注の閾値を直近1~2週間の販売数量を元に増減させることで、より在庫量の適正化を行った(これを DBM:Dynamic Buffer Management と言うようです)
     ↓
  • その結果、各商品の在庫量が適正化した結果、店舗の棚のレイアウトに余裕ができたので、展示するSKUを増やせ、その結果、更に売上が増加した
     ↓
  • 同方式を地域全体に展開し、地域全体の売上が伸びた

 

【売上が伸びたことによる新たな問題の発生】

  • 一店舗で売れ筋商品をどんどん販売していくと、その地域倉庫内の売れ筋の在庫が不足し始める
    それを解消する為には、他地域倉庫から対象の売れ筋商品をクロスシッピングで補充させてもらう必要が出て来る
     ↓
  • ところが、一店舗だけではなく、地域内全店で同じ方式を展開すると、その地域の売れ筋商品はより早く無くなり、クロスシッピングの量・回数ともに増えてしまう(経費の増大)
    かつ、そうした売れ筋商品は、他地域でも売れ筋になる可能性が高く、地域間の売れ筋商品在庫の取り合いに発展する(チェーン全体の在庫枯渇につながる)
     ↓
  • そうすると、メーカーに再発注を行い仕入れる必要があるが、メーカーからの配送にも時間がかかるし、メーカー在庫が切れていたら製造されるまで待つ必要がある

 

【新たな問題の解決】

  • (この書籍の前提では)製造業側も製造から配送を、輸送費を抑えるために発注された全量を纏めて出荷していた
     ↓
  • そこで、週次で必要な分だけを配送してもらうことにした
    メーカーとしても、全部まとめて出荷・納品して3ヶ月分まとめて請求するよりも、毎週納品して請求・回収できて方がキャッシュフロー的に助かる(小売りの在庫回転率と同じ)
     ↓
  • 但し、1品のみを発送すると輸送費は高くなってしまう(3倍!)ので、複数の商品を纏めて、コンテナの無駄をなくすことで輸送費の増加を抑えた
     ↓
  • 届いた商品は、いきなり地域倉庫に送るのではなく、輸入拠点となる港の近くに全社の中央倉庫を作り、店舗に対するのと同じように地域倉庫に在庫を溜めて、
    各地域倉庫に対して補充する形式に変更する
     ↓
  • 仕入れから各店舗での販売までを一気通貫して補充発注形式に変更する形が完成し、企業全体として在庫回転率も利益率も小売業としては破格のレベルに達する

 

 

(近年?の)SPAという形態は、この小説に書かれた小売店と製造の問題を一体化させることでよりアグレッシブに解決する形態と言えると思います。また、本書の最後の方にフランチャイズ展開やドミナント戦略などのよりアグレッシブに事業を拡大する為の手段も書かれています。

もちろん、これらの戦略は、この書籍が出た当時でも十分知られた戦略だったと思いますが、ちゃんと実践できている企業は少なかったでしょうし、いまでも実践できていない企業もあると思いますので、そうした企業にとっては、改善の第一歩として読む価値はあるのではないでしょうか?

 

 

ともあれ、小売業の効率改善を需要予測に基づくのではなく、実際の売れ行きから逆算して補充発注していく形態は、一定レベル以上の小売業では当たり前に行われていることと思いますが、こうした取り組みを行う背景を分かりやすく自然なストーリーで、あますところなく説明しているところと、誰が読んでも分かるくらいまでかみ砕いているということが本書(と言うか本シリーズ)の凄いところだと思います。

問題のある状態からステップ by ステップで物事を解決していっているので、個々のやっていることの必要性と副作用までちゃんと分かるということ、理論だけではなく、実践しようとしたときに発生しがちなトラブルまでちゃんと書いてあるので、その点でも有用です。

 

 

個人的には、その観点からの本書のハイライトは、ポール店長が始めた新しいやり方の導入を地域内の各店舗の店長に説明・説得するところです。

 

ポール店長の新しいやり方(店舗在庫を最小限にし、地域在庫から頻繁に補充する形式=ほとんどの店舗在庫を地域倉庫に送り返すことになる)を、地域マネージャーが同地域の優秀店長達に説明したところ、自分の店舗の売上を自分でコントロールできるようにする為に在庫は自分が必要と思う分を持てるようにコントロールしたいと考え、拒否反応を示します。

そこで、地域の店長会議の場でポールが説得をすることになるのですが、その準備として店長たちが心配し抵抗するであろう理由を事前に検討し、入念にその抵抗感を拭い去る準備を行います。

まず初めに、いきなり結論を提示し押し付けるのではなく、店舗が抱える問題(=いつ・何が売れるかを正確に予測することができない)を共有し、認識を合わせるところから始めます。

そして、彼らが解決策だと考えているやり方(十分な在庫を持つ)では、問題の解決につながらないことを示します。

その上で、売れる商品の欠品を回避する(=売上目標を達成するため)の方法について、もっと良い方法(=彼らが考えるソリューション)をステップ by ステップで説明します。

実績数値を含めて丁寧に質疑応答をすることにより、敵意すら持っていた他店の店長たちの疑念を払しょくしていき、段階的に他店にも導入していくことになります。(最後まで否定的な店長もいますが、全体としては合意となります)


と、このような感じで抵抗勢力に対する説得を成功させるのですが、実際に抵抗勢力の意見を覆すのは大変だと思います。

私の場合、保守的な会社にいた頃にこれまでのやり方を変えるような取り組みをした際の成功率は、せいぜい10%くらいでした。社内の問題を解決する為に、原因を調査し、実現可能な対策(=新しいこと)を提案しても、成功率があまりに低くて馬鹿らしくなったのを思い出します。(だから辞めたのですが・・・)

一応、経営幹部から了承を取り付けてプロジェクトを始めるのですが、現場の抵抗が酷く面従腹背の嵐となって骨抜きにされたり、必要なリソースが提供されないなどの妨害にあってなかなかうまく進みません。協力を依頼しても、会話が成り立たないこともしばしばでした。

他業務との兼務が条件のことがほとんどで準備に時間を取れなかったというのもありますが、変化したくないと強く思っている人たちを説得するのは、ホントに難しいですね。

 

いま振り返ると、TOCをもう少し勉強して対立解消図を活用したり、説得相手の理解・分析に時間を掛け、論理的にも心理的にも味方に付ける努力をもう少しできていたら、成功率は上がっていたのかもとも思いますが。

 

ともあれ、今は以前とは異なる環境にいるので、こうした知見も活かしていきたいですね。
もしこれを読まれた方が何か変革を起こす必要があるとしたら、その参考にしていただけるかも知れません。

 

ちなみに、今回でゴールドラット博士のシリーズは終了となります。次回からは、また違った雰囲気の書籍を読んでいきたいと思います。

 

ではでは。

書感:ザ・チョイス(最後の心理的障壁は、自分自身の感情かな?)

書籍『ザ・チョイス - 複雑さに惑わされるな!』を読みました。

 


エリヤフ・ゴールドラット博士の「Theory of Constraints (以後、TOC):制約条件の理論」に基づいた小説の第5弾です。


今回は、今までの架空の企業を舞台としたストーリーではなく、ゴールドラット博士親子の対話を通じて、これまで説明されてきたTOC(制約理論)を実践する上での心理的障壁をいかに取り除くのか?にフォーカスしています。

 

ゴールドラット博士が実の娘との対話を通じて、これまでゴールドラット博士が実現して来たような何らかのブレークスルーを伴うような問題解決をどうしたら実施できるのか、これまでゴールドラット社が実際に分析して来た企業事例に関するレポートをケーススタディに使いながら解き明かしていきます。

これまで同様、ステップ by ステップで何が問題でそれを解決するにはどうすれば良いのかを解き明かしていくので、読み進めれば(納得できるかどうかは別として)自然とロジックが分かるようになっています。

 

TOCを実践するにあたって、多くの望ましくない事象のコアとなる本質的な問題を特定し、そこの解決に潜む対立を解消するソリューション(解決策)を見つけ、最後にそのソリューションを実行に移す必要がありますが、ゴールドラット博士によると、それを妨げる3つの心理的な障壁があると言います。

 

それは、以下の3つです。

  1. 現実が複雑だと考えること(現実は複雑だという概念)
  2. 対立は当たり前で仕方のないことだと考えること。(対立は当たり前だと考えてしまう傾向)
  3. 人には、他人を責める習性があること。(人は、問題を相手のせいにしたがる)


1つ目の「現実は複雑である」という認識は、コアとなる問題を見つけるにあたって大きな妨げとなると言います。日常生活や仕事をするにあたって直面する様々な望ましくない事象を見ると、普通の人はつい「複雑」だと認識してしまいます。

ところが、自然科学(特に物理とかのことでしょうか?)の世界では一見複雑に見える事象もつきつめて原因を調べていくと非常にシンプルな法則に支配されていることが分かります(その最たるものが一般相対性理論でしょうか・・・)。ゴールドラット博士に言わせると、それは人間を対象にした社会科学にも当てはまると言います。

つまり、どんなに複雑に見える事象であっても、根本まで突き詰めればシンプルなのであると認識すれば、本質的な問題に迫ることができるし、「複雑」なんだと思っていたらそこまで(=シンプルになるまで)根本的な問題や原因を突き詰めないで諦めてしまうということでしょう。。。

 

2つ目の「対立は当たり前だと考えてしまう傾向」というのも同様で、ものごとに矛盾があり、対立が生まれるのは仕方がないことだと思っていれば、対立している事象を見たときに、対立する2つの事象や主張の両方を満たし対立そのものを解消するアイデアを考えようとはしないでしょう。

この2つについて、本書では、既に結構な業績を上げている大手アパレル企業の利益をいかにして5年で倍増(5億ドル→10億ドル)させるかという議論に対して、その4倍にする(=40億ドル)ソリューションを提言するレポートとそのレポートを娘のエフコットさんが分析することを通じて、実現可能であることを示します。

ここでの望ましくない事象は、需要予測に基づく1シーズン分の大量生産とその予測が外れることによる売れ筋商品の欠品と死筋商品の大量在庫であり、根本的な問題は、1シーズン分の需要予測をして大量生産していることです。

対立点は、半年以上前にあるシーズンの需要を高精度に当てることは不可能 vs 予測精度を高めないと売れ筋商品の欠品と死筋商品の大量在庫の両方を減らすことはできないという事になります。

この対立を不可避とする限り、この問題は解決できないのですが、そもそも予測できないなら予測しないで、実際に売れるかどうかを確かめてから、売れ行きの良い商品だけ追加生産できるようにすれば良いじゃないか、というのがソリューションの主旨です(もちろん、短期間で生産ができるか、配送を間に合わせることはできるか、とか実現可能性は確認しています)。

何万点もある商品を個品×サイズ×色の組合せごとに需要予測することが非常に困難であるという複雑な問題は、需要予測自体を止めるというシンプルなアイデアによって解決されますが、これは、本当の問題は複雑な需要予測ではなくもっとシンプルなことに原因があると考えることと、高精度な需要予測 vs 売れ筋欠品&死筋在庫 の対立も、この両方の問題を一度に解決するすべがあるハズと考えることがベースになって導き出されたものと言えます。

もし、大量のアイテムの個品別需要予測をしなければいけない=「問題は複雑」であると考えたり、需要予測 vs 売れ筋欠品&死筋在庫の「対立は解消することができない」と考えていれば、この答えに辿り着くことは無かったでしょう(現に、ゴールドラット社が関与するまで解決していなかった)。


3つ目の「人は問題を相手のせいにしたがる」については、上記の例で言えば、アパレル企業(=大手企業)が布地などを納入する下請け企業に対して細かい納品を求めた場合に、下請け企業が大手企業側の勝手な都合での要求をするかの様に見えるのではないか(=大手企業が悪い)と考えていたらこのアイデアの実行を躊躇したり、こうした提言をすること自体を躊躇するのではないかと言うことです。

書籍内では、別の事例で下請け企業側の立場の場合も説明していて、下請け企業側からアパレル企業向けに細かい納品をオファーするシナリオを示されていて、下請け企業側にもメリットがあることが示されています。

これらの例を見ると、相手側に視点を深く考慮せずに向こうは受け入れないのではないか?と考えてしまうと、目が曇り、正しい解決策を探し求めたり、実行するのを躊躇することにつながるということが分かります。

 


上記の様に、3つの心理的障壁を乗り越えることができれば、どれだけ複雑な問題であっても解決に至ることができるというのが、本書の主張です。

 

読んだ当初、理屈は分かるけど、どんな問題についても適用できるかということについては、「ホンマかいな?」というのが正直な感想でした。

そこで、その時点で私自身が直面していたプライベートな問題に適用してみることにしました。


ちょうどこの書籍を始めて読んだ当時、車の買い替えをしようと考えていたのですが、普段使いの使い勝手を考慮しコンパクトカーが良いという妻と、自分の趣味的な満足や長距離運転する際の疲労度を考慮し、一回り大きい普通車にしたい私とで意見が真っ向から対立していました。

そこで、これまでのTOCの理論や本書で解説されていることに従って問題の解決にトライしてみました。

両者に共通する解決したい問題は、いま乗っている車は10年を経過し古くなり安全性は高くないしドライブレコーダーもついていないので、より安全な車に乗り換えることと、万が一に備えてドライブレコーダーを付けたいということでした(もとの車にドライブレコーダーを付けるという選択もありましたが、10年以上経過した車に評価額に近い額をかけてドラレコを搭載しても近いうちに買い替えざるを得なくなるので、もったいない感が強い)。

 

対立している点は、普段使いする上では普通車サイズよりもコンパクトカーの方が取り回しやしやすいし、妻は大きめの車の運転に不安がある vs 私はコンパクトカーではドライブが楽しくない&たまに(旅行などで)長距離を運転する際に疲れる+高速道路の事故で時々あるトラックに突っ込まれるようなケースだとコンパクトカーは危ない、というものでした。

 

これに対する解決策は、私がドライブを楽しんだり、長距離運転する頻度は高くないことから、普段使いを優先して買い替えはコンパクトカーとし、たまに私がドライブしたり、長距離移動する必要があるときはレンタカーを借りるというものでした。

個人的には、所有欲を満たせない側面はありますし、レンタカーは状態にムラがあるという問題はありますが、頻度が低い私のニーズよりは、日常的な使い勝手の部分を優先し、一応は両者のニーズを満たす結果につながったかなと思います。


私のつたない事例はともあれ、ゴールドラット博士は本書の最後で、以下の信念に立てば、主体的に充実した有意義な人生を送れると主張しています。

 1.人は善良である。
 2.対立はすべて取り除くことができる。
 3.どんなに複雑に見える状況も、実は極めてシンプルである。
 4.どんな状況でも著しく改善することができる。限界なんてない。
 5.どんな人でも充実した人生を達成することができる。
 6.常にウィン-ウィンのソリューションがある。


これは、さまざまな問題や障害があったとしても、他人や環境のせいにせず&自分のコントロールの及ぶ範囲じゃないとか自分の能力を超えているなどと言ってはならず、自分自身の人生なんだから、自分ですべて責任を持たなければいけないという、結構厳しい意見なのですが、あらゆる問題を解決できるのだとしたら、素晴らしいことですよね。

 

あとは、3つの心理的障壁を越えるにあたっての最大の課題は自分の感情なのではないかと思います。

やはり、人間、問題があるとつい他人のせいにしたくなっちゃいますし、大局観に立とうとする際に邪魔になる、自分のプライドだとかこだわりを捨てるのは難しいものです・・・


ともあれ、今までの書籍と違ってやや哲学的な内容に突入していますが、TOCを実践する際にあたっての心理的障壁を理解するに必須なので、興味を持たれた方は、ぜひ読んでみてください。

 

ではまた。

書感:クリティカルチェーン(バッファーは無駄に食いつぶされる+できる人が限られる=プロジェクトは遅延する)

書籍『クリティカルチェーン - なぜ、プロジェクトは予定どおりに進まないのか?』を読み返しました。

 

エリヤフゴールドラット博士の「Theory of Constraints (以後、TOC):制約条件の理論」に基づいたビジネス小説第4弾です。

 

今回は、サブタイトルの通り、プロジェクト業務がテーマです。今回の主人公は、これまでの企業人とは異なり、大学の準教授(書籍の表記ママです)で、エグゼクティブMBA(社会人向けMBAコース)でプロジェクト・マネジメント論を担当します。終身在職教授の座を狙う主人公のリックは、現在は一般の企業で言えば契約社員のような不安定な身の上です。

その上、リックが所属する大学では、MBAコースの入学者が減少傾向にあり、リックが知らないところでMBAコースの縮小が検討されるという状態。しかも、それはリックの大学だけにとどまらず、経済界からMBAを取得しても実務では役に立たないとの認識が広まっていることが原因という、根が深い話です。

 


そんな中、実務で役に立ち、新たな生徒をどんどん獲得できるようなコースを開発できなければ、10年越しの悲願である終身在職教授(≒正社員)の身分を手に入れることができないことが確定したリックは、何としてもプロジェクト・マネジメント論のコースで、実務で役に立つ手法を開発し、それを証明しなくてはなりません。

また、同じく、リックのコースに参加する生徒たちの中には、新製品の開発期間を大幅に短縮する方法を見つけることを副社長から厳命されてきているメンバー達がいます。それを成功させなければ、新製品の開発競争に負けて、企業存続の危機に陥ります。

こうした教師と生徒がタッグになって、プロジェクト業務がなぜうまくいかないのか、どうすれば予定通りどころか大幅に期間を短縮できるのかを試行錯誤しながら研究し、画期的なプロジェクトマネジメント手法を発明していくというストーリーです。(もちろん?、今回も最後はハッピーエンドです)

 


このシリーズのお約束ですが、今回もまた、1つ問題を解消するとまた次の問題にぶつかる、を繰り返していきます。そのことにより、プロジェクト業務の何が問題なのか、どうすれば、それらの問題を解決できるのかを、ステップ by ステップで解き明かしていきます。

また、生徒の数だけ様々なタイプのプロジェクトがあり、先の挙げた新製品の開発、建設業、プログラムの開発、マーケティング、工場の拡張プロジェクト、などが含まれます。その為、この書籍で説明される手法が、何か特定の業界だけで通じる特殊な手法ではなく、幅広い業界や種類のプロジェクトに適用できることを訴えています。

 


さて、ここで念のため、プロジェクトの定義を書いておきたいと思います。

本書の中では、「プロジェクトとは、特定の目標、目的を達成するために行われる一連の活動で、開始-中間-終了の段階を明確に定義できるもの」との定義が紹介されています。

言い換えると、定められた期間(始まりと終わり)があって、何らかの目的を達成するための複数の作業が集まった(=複数人で実施する)お仕事と言ったところでしょうか。

 

どのような種類のプロジェクトでも、古今東西、計画通りに終えるのが非常に難しいということで、さまざまな業界の方が苦労をされています。

(IT業界なんか、半分くらいは失敗してるんじゃないかってくらい失敗率が高い・・・見かけ上、期間とコストを守れていても、作るものの中身を簡素化して肝心の目標を達成できないなんてことも多いし・・・。そもそも、個々の作業を担当するSEやプログラマーは、プロジェクト本来の目的を意識してない。下手するとPMも。また、これも良くあるのですが、企業側でITシステムの企画立案をしてる人が、プロジェクトで掲げた目標や目的を、ITシステムで達成できると考えていなかったりします。)

 

ともあれ、紆余曲折や試行錯誤はあれど、本書では、CCPMクリティカルチェーンプロジェクトマネジメント)という手法を発明し、みごとにプロジェクト期間の短縮に成功しています。

 

ここでは、キーとなる概念を紹介しておきます。詳しくは、本書を読むか、「クリティカルチェーン」で検索すると様々な書籍が引っかかると思うので、それらの解説本を読んでください。

 

  1. プロジェクトバッファー

    通常、プロジェクト内の個々のタスクの作業時間を見積もるときは、意図する・しないに関わらず、バッファー(予定外のことが起きたことを想定した余裕時間)が含まれています。

    これは、例えば、自宅から目的地まで車で移動するとした場合、おおよそ確実に到着できる時間を想定して出発するのと同じです。多くの人は、道が混んでいるかもしれないことを考慮して、でも、酷い渋滞や通行止めまでは考慮せず、7-8割は確実に到着できる時間を見積もるのではないでしょうか?
    これと同様に、プロジェクト業務の場合、担当者が作業時間を見積もると、無意識に70-80%の確率で順守できるような期間で作業時間を見積もると思います(場合によっては、90%くらいで考えるかも)。

    それに対し、個々のタスクを理想的な状況がそろっている場合に達成可能な時間(=先ほどの車での移動で言えば、道がガラガラで信号にも引っかからない場合にかかる時間)で見積もってバッファーが含まれない状態にし、プロジェクト全体に対して設けたバッファーのことを「プロジェクトバッファー」と言います。


    大事なポイントなので、もう少し説明しましょう。
    先の車の例を拡張して、出発地点(START)と最終目標地点(GOAL)に行くまでの間に3箇所(地点A、地点B、地点C)中堅地点があるとします。そして、それぞれ場所で次の人に交代するとします。各地点間の移動は全て最短の場合は(先の例の通り、道が空いてて信号にも引っかからない場合に)30分で着くものとします。
    従来の見積もり方法では、恐らく、START→地点Aの時間は45分、地点A→地点Bで45分、地点B→地点Cで45分、地点C→GOALで45分といった形で、それぞれの目安時間を設けて、GOALには3時間後に到着すると見積もる形になります(もしかしたら、それぞれ60分×4で、4時間かもしれません)。
    それに対し、CCPMでは、各ポイント間の移動はあくまで理想の30分で見積もり、プロジェクト全体で30分程度のバッファーを設けます。

    なぜこのように見積もるのかと言うと、上記を車ではなく、徒歩またはランニングだと考えてみて欲しいのですが、30分が目標と言われるのと、45分が目標と言われるのでは、どちらが早く次の地点に到着しようとするでしょうか? 時間に余裕があれば、少し楽をしたくなるのが、人情というものではないでしょうか? また、これが一回限りのことなら、まじめな人は45分と言われていても、それより早く到着しようとすると思いますが、繰り返し上司に同じことを頼まれる場合は、どうでしょうか? 一回早く到着できたら、次回はどのように見積もりを回答すれば良いでしょうか?(きっと上司は、前回30分で到着したのに、なんで今回は45分なんだ?と聞き返すことでしょう・・・)

    このように、プロジェクト業務の場合、各作業の担当者は与えられた時間よりも早く終わらせるインセンティブがないので、多くの場合、個々のタスクに積んだバッファーは無駄に消化されてしまい、どれだけ余裕をもって見積もってもプロジェクト全体では、バッファーが足りずに遅延してしまうのです。

    こうした問題に対応するのが、プロジェクトバッファーと言うことになります。



  2. 合流バッファー
    前後関係がある一連の作業、かつ、複数の並行作業がある場合に、一番時間がかかる作業のつながりをクリティカルパスと言います。

    通常、プロジェクトバッファーは、クリティカルパスの最後に追加するのですが、クリティカルパスに合流する枝分かれしたパス(一連の作業)が遅れることで、プロジェクト全体が遅れてしまうことがあります。

    そうした事態が頻発すると、プロジェクトバッファーがいくらあっても足りなくなってしまうので、プロジェクトの途中で他のパスに合流する全てのパスに対して、合流するところの前に設けるのが、「合流バッファー(枝分かれしたパス用のバッファー)」となります。

  3. リソースバッファー
    一般的なプロジェクトマネジメントの方法論では、クリティカルパスに遅れが発生しない様に注意する様にしますが、TOCでは、これだけでは不十分と言います。

    クリティカルパスに加えて、特定のリソース(だいたいが人)でしか実施できないタスクが同時にできないという制約も考慮して計画を組み、都度、調整していかないと、予定通りにプロジェクトが進まないからです。(当初計画時には、個々人の作業の重なりも考慮すると思いますが、予定がずれていく中で、気が付いたら、同じ人が同じタイミングで複数の作業にアサインされる・・・なんてことは往々にしてあります)

    しかも、こうした制約になるような優秀な人やリソースは、多くの場合、複数のプロジェクトで活躍したりするので、あるプロジェクトからリリースされるタイミングがずれると、別のプロジェクトも遅れることにつながります。

    その為、制約となるリソースが必要なタイミングの調整を行うためのバッファーを、「リソースバッファー」と言います(本書の中では事前予告という形で制約リソースを必要とする作業/プロジェクト間の調整を行っています)。

 

 

他にも重要な概念はあるのですが、単一のプロジェクトの管理という観点では、上記3点が大きなポイントになると思います。


実は、以前にCCPMを会社で導入しようとしたことがあるのですが、その時は、残念ながら上手く行きませんでした。

ポイントは、プロジェクト関係者全員がしっかりと理解してトレーニングを積んでいないと、従来型の見積もりになってしまうということと、本書の中にもありますが、契約条件を変えない限り、協力会社さん達の協力を得るのも難しいという現実がありました。

また、CCPMの前提として、ある程度作業計画がきっちりと立てられることが前提となるので、要件がコロコロ変わる流動的なプロジェクトには向かないと思います。(ここにも対応する手法が編み出されているみたいですが・・・)

 

あと、最大の障壁はもっと心理的なもので、実際にプロジェクト期間の短縮に取り組んでいるときに、いろんな社員や協力会社の人と会話したのですが、プロジェクトを予定より早く終わらせようと考えたことがある人は皆無だったことですね。

期日を守るために早めに作業を終わらせておいて、予期せぬ事態に備えようという気持ちはありましたが、実際に予定より早くプロジェクトを終わらせて納品するということは一切考えていなかったんです(こういうことって、私の周りだけですかね???)。

また、上記のようにして、途中で余裕ができたとしても、フェーズの区切りなどのマイルストーンでリセットされるので、プロジェクトの最初から最後まで余裕があるということは、よほど余裕がある見積もりをした場合(かつ、その分の費用を払ってくれる余裕のあるお客様)を除いて、ありませんでした。

ともあれ、多くの人が、プロジェクト期間を短くしようとは考えてすらいなかったことに衝撃を受けました(どうせうまく行かないのだから、と否定的な意見も多かったのです・・・(涙))。


個人的には、今でもCCPMは非常に魅力的でチャンスがあれば試してみたいのですが、以前と業務環境が変わり、あまり大きなプロジェクトには携わらない&流動的な仕事が多いので、当面、試す機会はなさそうです。
いまやっている業務だとアジャイルの方が近いのですが、これまたプロダクトバックログ的なものがある仕事でもないので、ちょっとそぐわないのですよね。


それはさておき、この書籍で段階的に明らかにされる、なぜ既存のプロジェクトマネジメント手法ではうまく行かないのか?という点については、どれもこれも思い当たることばかりで、読み進める都度、うなずかざるを得ませんでした。

CCPMを実践できるかどうかはともかくとして、従来型マネジメントの問題点を理解するだけでも価値はあるので、ぜひ、本書およびCCPMの解説書を読んでみて欲しいと思います。


あと、本書を読んでいて面白かったのは、大学教授の世界を垣間見れたことですね。

友人・知人の中に、何人か大学の教授や准教授がいるのですが、日本でも終身在職制度(テニュアと言います)はあって、彼ら/彼女らにとってそれを得られるかどうかは非常に大きな問題です。

また、論文数の話もそうですね。最低限の質がなければ、そもそも論文として認められないのですが、数も出さなければ教授として評価されないので、1つの事象をいくつかに分けて論文を作り上げるという話は友人たちもしていました。

それらの話を聞いた時、本書に書かれていたことと一緒だ!と、変に感心してしまいました。

 

だから何だという話ですが、このシリーズの魅力の一つは、現実社会の実例とたがわない事実ベースで書かれていることでしょう。

なので、説得力もあるし、ちゃんと実践出来たら効果も発揮できるのだろうと期待もさせられます。

残念ながら、私自身はTOCを正しく実践できているとは言い難いのですが、今後も機会があればトライしてみようと思います(単に私がTOCを十分に理解していないだけな気もしていますし)。

 

それでは、また。